京都国立博物館 2つの特集展示「辰馬考古資料館の名品―鉄斎との交友、考古学に寄せるまなざし―」「埋納(アンダーグラウンド)―地下に願いを―」

重要文化財 阿倍仲麻呂明州望月・円通大師呉門隠棲図(右隻) 富岡鉄斎筆 兵庫・辰馬考古資料館蔵(8/11~9/6展示)

京都国立博物館 2つの特集展示「辰馬考古資料館の名品―鉄斎との交友、考古学に寄せるまなざし―」「埋納(アンダーグラウンド)―地下に願いを―」

京都国立博物館では2026年7月14日(火)~9月6日(日)の間、2つの特集展示が開催されます。

一つは、兵庫県西宮市にある「辰馬考古資料館」の収蔵資料を紹介、もう一つは、古代から現代まで人々が営んできた「埋納」(地中に埋める)行為を、考古資料などを通してじっくりと振り返る、考古ファン必見の展示です。


◇特集展示「辰馬考古資料館の名品―鉄斎との交友、考古学に寄せるまなざし―」

辰馬考古資料館は、昭和51年(1976)、辰馬悦蔵(1892~1980)によって設立されました。京都帝国大学で考古学を修めた悦蔵は、私財を投じて考古資料の蒐集・保全に尽力しました。その資料は考古学の深い見識に基づいて収集され、とくに銅鐸は日本屈指のコレクションとなっています。

また、資料館には悦蔵の祖父・悦叟(1835~1920)と親交のあった、画家・富岡鉄斎(1836~1924)の優品も多く伝えられています。実業に携わりながらも、美術や考古学に飽くなき探求心をささげた辰馬悦叟・悦蔵のまなざしを辿る展覧会です。


会場 平成知新館3F-1・2、2F-1・2




<みどころ1> 辰馬家の銅鐸蒐集

灘の蔵元、白鷹の3代目であった辰馬悦蔵は、家業を継いだ後も研究を続けます。その最中、銅鐸が散逸している状況を知り、悦蔵はみずから蒐集することで保全を図ろうとしました。

50口を超える銅鐸のコレクションは、多様な特徴をもち、高く評価されています。蒐集品のなかには悦蔵が現地調査や化学分析を実施し、報告としてまとめたものや、別々に入手したが、後から同一の銅鐸と確認できたものなどがあります。

重要文化財 袈裟襷文銅鐸 大阪府太子町鹿谷寺出土 兵庫・辰馬考古資料館蔵


<みどころ2> 辰馬考古資料館の考古コレクションの特徴

銅鐸で有名な辰馬考古資料館ですが、収蔵品の中には縄文~古墳時代以降の東アジアの考古資料も含まれています。

縄文時代の収蔵品は、北東北や関東東部、飛騨地域と出土地に偏りがあります。その理由は、その地域の有識者による蒐集品を辰馬悦蔵がまとめて受け入れたためです。資料は大幅な散逸をまぬがれ、地域的な様相がわかる資料として学術的価値が保持されています。

重要文化財 人面装飾付注口土器 茨城県稲敷市福田貝塚出土 兵庫・辰馬考古資料館蔵


<みどころ3> 辰馬家と富岡鉄斎

辰馬悦叟は画家・富岡鉄斎(1836~1924)と親交があり、多くの鉄斎作品も蒐集しました。1歳違いの2人が連絡を取り合うようになるのは明治40年(1907)頃で、両者ともに70歳を過ぎてからのことでした。

大正2年(1913)に辰馬家を訪れた鉄斎は、同家滞在中に「阿倍仲麻呂明州望月・円通大師呉門隠栖図」(8/11~9/6展示)を制作しています。これ以降、悦叟のために手掛けた作品は少なくありません。二人の出会いを遡る時期の作品も収蔵され、鉄斎の各年代を網羅する一大コレクションとなっています。


<みどころ4> 文人への憧れ

悦叟の孫にあたる辰馬悦蔵(1892~1980)は、考古資料の蒐集と研究で知られています。その一方で、江戸時代の博物学者、木村蒹葭堂(1736~1802)関連の資料も蒐集していました。蒐集された蒹葭堂の自筆本・書写本・旧蔵書・考古資料(鏡)は、江戸時代最大の「知の巨人」の実像を伝える、貴重な資料です。

蒹葭堂に関心を寄せたのは画家・鉄斎も同じで、悦蔵が蒐集した蒹葭堂資料には、鉄斎の旧蔵品も多く含まれています。こうした鉄斎からの感化に加え、蒹葭堂が自らと同じく酒造を生業としていたことも、悦蔵による蒐集を促したと考えられます。



◇埋納(アンダーグラウンド)―地下に願いを―

古代より人々はモノに祈りを託し、地面の下に埋めてきました。こうした埋納行為には、土地を浄(きよ)め守る願いや、タイムカプセルのように遠い未来へ教えを伝える願いが込められており、仏教の思想が深く関わっています。近畿出土の遺物を中心に埋納品を展示し、地下に眠り生き続ける、人々の祈りをたどる展覧会です。


会場 平成知新館1F-3・4




<みどころ1> 埋納のはじまり

古くから人々は土地の豊穣や建物・集落の安泰を願い、土器などを地中に埋めてきました。

飛鳥時代になると寺院の塔に舎利容器や荘厳具を納めるなど、埋納に仏教の要素が加わります。奈良時代には、寺院建立にともなって鎮壇の作法が体系化する一方、生活や民間信仰に根ざした胞衣壺の埋納や、辻への銭貨埋納などが行われました。

平安時代には密教に基づく地鎮が発展し、平安宮の造営に際して最上級の儀礼が実施されます。都を守る境界祭祀も行われ、国家・都市・個人のさまざまな願いが埋納行為に託されたのです。

国宝 崇福寺塔心礎納置品 滋賀県大津市崇福寺跡出土 滋賀・近江神宮蔵


<みどころ2> 埋経と経塚

平安時代には経典を埋納する「埋経」が盛んに行われるようになり、埋経のための小規模な塚である経塚が、11世紀以降、日本各地に造られました。

埋経の理由は様々ですが、法滅への恐れから、五十六億七千万年後の弥勒下生の時まで仏法の永続を願うのが主で、紙に経文を記す以外に、銅板や粘土板といった堅い素材に経文を刻むことも行われました。



<みどころ3> 経塚のひろがり

経塚は全国に広がりましたが、その造営場所や形態はさまざまです。山岳寺院や霊地、社寺境内のほか、古墳など既存の聖地を利用した例もみられます。

畿内と九州では地域差があり、経塚の構造や容器、副納品に違いがみられます。経塚と墓地のさまざまな関係や、独創的な埋経形態の紹介もあり、中世の人々の多様な祈りに思いを馳せることができます。

重要文化財 花背別所経塚出土品のうち経筒と毘沙門天立像 京都市左京区花背別所町出土 文化庁蔵


<みどころ4> 受け継がれる埋納

中世に盛行した経筒を用いる経塚造営は次第に衰退し、礫石経(れきせききょう)などを埋納する形式へと変化しました。しかし、願いを込めて地中に物を埋める行為そのものは、その後も受け継がれていきます。

江戸時代にも寺院では密教の作法に基づく鎮壇が行われたほか、庶民には鎮め物の埋納や地鎮祭が広まり、土地の安全や家内安穏が祈願されました。

こうした埋納の文化は近代以降も神社や公共建築の地鎮に引き継がれ、場所を鎮め、願いを託す営みとして、今日まで息づいています。



学術的に高い価値をもつ辰馬考古資料館の銅鐸コレクションは注目度が高いですが、辰馬悦蔵と画家・富岡鉄斎との交流も見逃せません。

一方、埋納に古くからさまざまな意味が込められてきたことがわかる展示では、昔の人々が地中に託してきた祈りに思いを馳せる絶好の機会となりそうです。

ぜひ、足をお運びください。

展覧会名

特集展示「辰馬考古資料館の名品―鉄斎との交友、考古学に寄せるまなざし―」
特集展示「埋納(アンダーグラウンド)―地下に願いを―」

会期

2026年7月14日(火)~9月6日(日)
*会期中、一部の作品は展示替を行います。

館名

京都国立博物館 平成知新館

開館時間

9:30~17:00(入館は16:30まで)
金曜日 20:00まで開館(入館は19:30まで)

住所

京都市東山区茶屋町527

アクセス

京阪七条駅 徒歩7分、市バス 博物館三十三間堂前下車 徒歩すぐ

休館日

月曜日
※ただし、7月20日(月・祝)は開館し、7月21日(火)休館

電話番号

075-525-2473(テレホンサービス)

入場料

一般700円/大学生350円/高校生以下および満18歳未満、満70歳以上の方は無料

公式サイト

https://www.kyohaku.go.jp/jp/exhibitions/feature/b/2026_tatsuuma/

公式サイト2

https://www.kyohaku.go.jp/jp/exhibitions/feature/b/2026_underground/
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